2006年11月13日

散文の断片「鐘のある塔」

ある深い深い森がありました。
その中を一人の人が馬に乗って旅をしていました。

「ずいぶんと森は続くね」
「そうだね。ずいぶんと深くて暗い」
「早くこんなところ抜け出したいよ」
「でもまだだいぶかかりそうだね」

深い森の中でどこからか鐘の音が聞こえてきました。

「鐘の音だ。音のなるほうに人がいるかもしれない」
「それにしてもきれいな鐘の音だね。とても優しく感じるよ。いい村があるかもしれない」
「うん、こんな美しい鐘の音を聞ける村なんて幸せだね」

音のする方に進むと、塔がありました。
塔のほかには周りに何もありません。

「さっきの鐘の音はここから聞こえたのかな」
「たぶんそうだよね。なんでこんな場所に塔なんてあるのだろう?」

塔には入り口のような扉がありました。
その扉に手を触れると、また鐘が鳴りました。

「鐘が鳴るってことは、ここに誰かいるのかな」
「泊めてもらえると助かるね。森で野宿は嫌だよ」

その人は入り口をノックしました。
誰も出てはきません。
何度かノックしましたが、何の返事もありません。

思い切ってドアノブをまわしました。
鍵はかかってはいませんでした。
扉はにぶい音を立てて開きました。

「ごめんください」
中は薄暗く、ひっそりとしていました。
塔の上へ上がる階段がありました。
「ちょっと上を見てくるよ」
その人はそう言うと、階段を上っていきました。

階段を上るとそこには大きな鐘がありました。
小さな窓からは僅かに光が入ってきていました。
外を見ると果てしなく森が広がっていました。

その人は鐘の周りを見渡すと、一人の人が倒れているのが見えました。
近づいてみると、もう息はしていませんでした。

また鐘が鳴りました。
その響きはこれまでの優しく美しいものと違って聞こえました。
苦しくて悲しくて、何かを伝えているかのような音でした。
ずっと鳴り響いています。鳴り止む気配はありません。
それはその人を安らかに眠らせて欲しい、と鐘は訴えているように感じました。

「この人のお墓をつくれば、君は鳴り止んでくれるのかい?」
そう旅人が言うと、鐘は安心したように鳴り止みました。
窓からはさっきよりも光が満ちているような気がしました。
旅人は思わず鐘に手を触れました。
すると、金属の持つ冷たさよりも、命の持つ暖かさを感じたような気がしました。
「君は暖かいんだね。この人にもきっと伝わっているよ」
旅人はそう独り言を鐘に向かって言いました。
鐘はとてもきらきらしていました。

旅人はその人を土に埋めました。
土を掘っていると鐘の音が時々響いてきました。
そのときの息のない人は、悲しげそうな目の中にも安らぎをみせていたような気がしました。
そしてその人は鐘の音と共に土の中に眠りました。
旅人はどっと疲れたようにその場に座り込みました。
もう鐘は止んでいました。

「悲しみって目を閉じたら見えなくなるのかな?」
馬は聞きました。
「どうしたんだい、急に」
旅人は答えます。
「あの人とても悲しそうな目をしていたから」
「んー、死んだ人間は分からない。でも生きている限りは目を閉じても悲しみは瞼に映ると思う」
「ひゃー、じゃ人間は生きてると悲しみから逃げられないね」
「ははは、まあね。逃げるつもりはないけど・・・」

その後、塔の中で一晩過ごしました。
そして、朝を迎えました。
森の中は霧が立ち込めています。
どの方向に進もうか迷いながらも、出発しました。

「それにしても、あんなにきれいな鐘の音なのにもったいないと感じるよ」
馬は言いました。
「どうしてだい?」
旅人は答えます。
「だって、たくさんの人に聞いてもらうことができないのに鳴っているんだよ」
「世の中、そううまくはいかないものだね。それに・・・」
「それに?」
「あの鐘に心があったとして、多くの人に聞いてもらおうなんて思ってはいなかったんじゃないかな?」
「どうして?」
「なんとなくだけど、あの倒れていた人にだけ聞いてもらうことができればよかったんじゃないかな?」
「ふーん、君は相変わらずな捉え方をするね。じゃ、あの人は何者さ?」
「そうだな・・・。世の中は謎だらけだよ」
「なんだい、それ。答えになっていないよ!」

森の中は静かです。
その静けさは恐怖すら感じさせました。

「もうあの鐘は鳴らないのかな」
「分からない。でも、役目を終えてしまって鳴らないのかもしれない」

これから先、もう鐘が鳴ることはなくなりました。
鐘の音のない森の中を人と馬は走っていました。
いつ抜けられるのか分からない森を、いつか抜けられると信じながら・・・。
posted by のっち at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月07日

短文の羅列「とりあえず無題」

一人でぼんやりと、草むらに横たわっていました。
雲ひとつない青空が見えます。
周りには誰もいません。
ひどく冷たい安らかさを感じました。
ただ高い空が僕を見下ろしていました。

空腹に襲われても食事はのどを通りません。
歯車がうまく噛み合わず、もがくだけの日常です。
なぜ、こうなってしまったのだろう?
それは自分が悪いのです。
そう、自分が悪いのです。
自分の醜さを憎みました。

終わりが見えたような気がしました。
それでも生きていたいと思いました。
青い空は美しいと思いました。
木々の紅葉は美しいと思いました。
小鳥の鳴き声は美しいと思いました。
自分も美しくなりたいと思いました。
だから生きていきたいと思いました。
posted by のっち at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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