2008年07月13日

シークレットサンシャイン

「シークレットサンシャイン」という映画を観た。

自分の血が流れ出るような痛みを感じた。

大切な人の死を乗り越えられない。
憎んでいる相手を許したいのに、許すことが出来ない。
人間は、矛盾の塊だ。

人生は何があるか分からない。
時に人は乗り越えられない壁にぶち当たることがある。
そんな時、精神が正常で生きられないだろう。
心がだめになっていく。
自分には、そうなる状態がなんとなく分かる。
観ていて、本当に心が苦しかった。

でも泣けなかった。
安易に泣けない程、人間の闇を残酷に描いているからだと思う。
心にぽっかりと開いた穴。
そんな時、何かにすがりたくなる。
でも、すがるものが何もなくなったら、どうする?

心に支えが見当たらない。
支えがなくても、生きていかなくちゃいけない。
受け入れられないことがあっても、吐き気を感じながらでも生きなければならない。

苦しいことも辛いことも、誰にもいえない。
孤独を抱える。


宗教の描き方も、自分の知る映画の中ではトップクラス。
罪人の表情があんなにも晴れやか。
だけど、宗教によって「許す」ことを決意した彼女の表情は…。
なんで?どうして??
人間って時に悲しい生き物になってしまう。


でも、映画が終わって絶望はしなかった。
それは、人間をありのまま描いているから。
嘘のないありのままの姿には共感がある。
あぁ、自分と同じだ。
共感があれば、孤独ではなくなる。
孤独でなくなれば、絶望は消える。

絶望的なストーリーの中に、人間そのものが入っている。
人間そのものってことは、たとえ多大な負の中にあっても正があるということ。
一面性だけで、人間は語れない。
あのささやかな光が、あたたかなものであることを願う。



映画のところどころ、青空がすんごくきれいで。
映画館を出た後、思わず空を見た。
気がつけば7月で夏の空。
喜びも悲しみも、同じ空の下で起きているんだね。
posted by のっち at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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