2008年07月13日

いただきます

「潜水服は蝶の夢を見る」という映画を観た。
全身が麻痺してしまった男の物語。
唯一、まばたきだけはできる。
そのまばたきだけが、外部との意思疎通。
乙一の小説で全身麻痺になる物語を思い出したりもした。
(こっちは目も見えなくなっているんだっけかな…)

自分の中にあるものを外に表現するのは、五体満足であっても難しい。
なのに、声を失い、体も動かずまばたきしか出来ない中で、何が出来るだろう。
映画が体の動かない主人公の視点で描かれていて、伝わらないもどかしさが伝わる。
脳は正常だから、相手の言っていることは分かる。
だけど、相手に伝えられない。
本当はこう思っているのに、伝えることが出来ない。
ひどくもどかしい。


でも、彼はまばたきだけで本を書き上げる。
周りの人がアルファベットを読み上げていき、作りたい単語のアルファベットでまばたきをする。
その繰り返しで、単語を作り、文章を作っていく。
彼と彼の言葉を受け取る人の努力のたまものでしょう。


人間にとって自由って何なんだろう。
彼の体は動かない。
だけどイマジネーションの中で、自由に動き回る。
子どもを抱くことも出来ない。
だけど、見ているだけで幸せを感じる。

一人の人間がこの世に存在していること。
それは本当にかけがえのないこと。
せっかく生きているなら、感情を持って生きたい。
なんとなく、そう思った。

崩れ落ちた氷河が再生されていく。
大切なのは人の心。
失ったり欠けてしまったのなら、取り戻しに行こう。
なんてな。

…映画を観終わった後に実話と知る。



「いのちの食べかた」という映画を観た。
江頭2:50が「食のモダンタイムス」と言っていたけど…まさにそんな感じのドキュメンタリー映画です。
機械化の進んだ食料生産の現場。
肉があんなふうに、魚があんなふうに、野菜があんなふうに…。
ぞっとした。

効率性を追求した結果、いのちがいのちでなくなっている。


とある予備校講師がこんなこと言っていたなぁ。
「『いただきます』って作ってくれた人への感謝だけじゃないんだよ。『あなたのいのちをいただきます』って意味もあるんだよ」
うちらはいのちを食べることで、いのちを維持している。
それは、生きていく上で仕方が無いこと。

問題なのは、行き過ぎた効率性がその「いのちを食べている」意識を失わせているんじゃないかと思う。
「いのちは何よりも大切なもの」と雄弁に語るよりも、毎日食べているいのちに感謝して生きることが、第一歩なのかもね。

毎日食べているいのちを大切にできれば、人と人で争うことはあっても、殺し合うほどのひどいことにはならなくなるんじゃないかなー、と思ったり。
少なくとも、食べ物を大切にしようと思うし、いろんな場で捨てられる食物を「もったいない」「どうにかしたい」と思うだろう。

そういや小学生の頃、アフリカの難民キャンプの映像を見て、アフリカと日本をベルトコンベアーでつないで、日本で残った食べ物をアフリカに送ればいいじゃん、なんてことを思ったことがある(笑)
給食とかけっこう残ったりするから、それをアフリカまで、みたいな。
…これは無理だとしても、食料が先進国に渡りすぎているのは確かだから、(今の経済の仕組みの中では難しいけど)分配についても考えんと。

食料の値段が高騰したり、食品偽装が問題になっている中で、「食」については見つめなおす必要があるね。
posted by のっち at 19:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんか2つとも面白そうな映画だね(^−^)今度観てみよー☆
Posted by 宮崎のバーバーラ at 2008年07月17日 11:08
>宮崎のバーバーラさん
コメントありがとう☆
よかったら、観てみてくださいな♪
Posted by のっち at 2008年07月21日 08:27
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