2008年08月17日

地球でいちばん幸せな場所

「うちの家族はとっても仲良し」って歌を両親を亡くした孤児に歌われたら、自分はどんな表情をすればいいんだろう…。

「地球でいちばん幸せな場所」という映画を観ました。



あらすじ(Yahoo!より)
孤児のトゥイ(ファム・ティ・ハン)は叔父のもとを飛び出し、ホーチミンで花売りの仕事にありつく。最初の日の夜とその翌日、トゥイは屋台で食事をしていたフライトアテンダントのラン(カット・リー)、そして飼育係の青年ハイ(レー・テー・ルー)と立て続けに出会い親しくなる。トゥイはランとハイが恋人同士になればと思い描くが……。


ストーリーは客観的にみれば「ベタ」なのでしょう。
でも、なんだか心温まるような映画でした。
ストリートチルドレンの女の子が主人公なのに、映画のトーンが明るいんだ。


「うちの家族はとっても仲良し」と、ストリートチルドレンの花売りの子供たちが歌うシーンがある。
笑顔でいい表情で。
なんともいえない気持ちになった。


実際、ホーチミンに行ったことがあって、花売りの子どもがたくさんいたなぁ。
外国人を見つけると、子どもがやってくる。
1人から買うと、次から次へと子どもがやってくる。
そのことを分かっているから、買わなかった。
でも、なんだかすんごく、自分が冷たい人間なんだなぁ、と思ってしまった。
はたまた他の国では1人の子どもからは物を買ったけど、他の子がやってきても買わなかった。
そこでも、「1人の子から買ったけど、他の子から買わなかった」みたいな自己矛盾を感じたりした。
そんなことを思い出したりした。

今だったら、何も考えず買ってしまうお人好しな人間になっているかもしれない。
あ〜、でも例えば物乞いの人にわずかなお金をあげることに、何の意味もないのかもしれない。
だけど、お金をあげて相手がほんの少しでも命を永らえることができたなら、ほんの少しでも美味しい食べ物を食べられたなら意味はあるのかもしれない。
偽善の域を超えないけど、1人の人間がたった1人の人間でも幸せにすることは大変なことだから。
と思いつつ、それが相手を堕落させてしまっているのでは、という思いもついて回る。
東南アジアに行くと、いつも思う、答えの見えないことです。


映画の基本ベースは明るいんです。
チャーミングな恋愛です。
でも、その背景にストリートチルドレンや都市開発に伴う大気汚染の話が日常の中に溶け込んだ形で出てくる。
ジャーナリズムとかだったら、スポットを当てて取り上げるところを、日常の中に当たり前に存在するものとして、さりげなく映画に出てくる。

こういう環境で生きているんだぜ。
こういう環境で笑って泣いて恋をして生きてるんだぜ。
そこにいるのは、まぎれもない人間だ。
国は違えど僕らとかわりのない人間だ。



映画を見て思ったのは、どこの国も人間らしさを失わないで発展していって欲しい。
人間らしさを失わない社会の定義が難しいけど、そういう社会を目指さないと、貧困問題が解決しても生きやすい社会を構築することは出来ないだろうと自分は思う。
そして、映画を見てちょっぴり素直な気持ちになれるのでした。

あ〜、ベトナムの屋台でフォーを食べたくなった。




posted by のっち at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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