2008年09月07日

裸でも生きる

「裸でも生きる」という本を読みました。
「マザーハウス」という、バングラデシュでジュートという麻の素材を使ったバッグを生産し、日本で販売をしている会社の社長山口さんの半生。

自分が学生時代にやっていたロロシップと、少し似ている面がある。
悩んだり考えたりしていることが、自分と重なる面があって、読んでいるうちに思わず「そうだよな〜」とうなずくこともしばしば。

今、ロロシップの後輩が東ティモールに行っているけど…あぁ、現地に行きたい気持ちがゾクゾクするくらい沸いてきた。
貧困だとか国際協力について、日本で何もかもが嫌になるくらいさんざん考えて悩んだりしたけど、やっぱ現地に行かないと分からないよ。
人と触れないと分からないよ。

現地に行っても分からないままかもしれない。
けど、少なくとも鍵は見つかると思う。
山口さんはバングラでいろんな経験をしてて、現地を肌で感じ、それが会社に活きている。


この人はとっても真っ直ぐな人だと思った。
彼女の生きる姿勢が好きだ。


日本社会の常識や他人の評価なんて気にしていたら、真っ直ぐになんか生きられない。
真っ直ぐに生きようとすると、何か目に見えないものに押しつぶされそうになる気がする。
昔からこの社会にそんな違和感をずーっと感じている。

でもさ、自分の人生なのだから、自分を信じろ。
自分を信じて生きられるなら、それだけで充実した人生を送れると思う。
それは、本当の意味で自分を信じている人間は、本当の意味で他人を信じることができる。
そして、気がついた時には周りの人に恵まれているから。

時代の流れを読み取る能力より前に、自分の心を読み取ることがきっと大事なんだと思う。
自分のことを再確認できた本でした。

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2006年08月10日

本「子どもたちのアフリカ」

子どもたちのアフリカ.jpg
「子どもたちのアフリカ」
アフリカにおける子どもの現状にスポットを当てた本。
「エイズ孤児」「性的虐待」「女性器切除」「子ども労働」「少年兵」「奴隷制」の6っつについて書かれている。
アフリカの諸問題についての入門書と言えよう。

アフリカの子どもたちの状態について断片的な話としては知っていたが、こうまとめて読んでいくと、酷すぎる。
どこにも希望がない。
さまざまな国での事例が出てくるが、子どもの置かれた状況は最悪だ。
社会がボロボロで、子どもを守ることが出来ていない。
閉鎖的な地域社会、または閉鎖的な家族制度によって、声を外に向かってあげることが困難な環境。
子どもはわずかなお金で、様々に利用されていく。
問題を解決していくには、複雑に絡み合った糸を丁寧に解きほぐしていく必要があると思った。
あと何年、何十年かかるか分からないけど。
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2006年08月09日

本「ジェノサイドの丘」

ジェノサイド.jpgジェノサイドb.jpg

「ジェノサイドの丘(上下巻)」
ずいぶん前に上巻は読んでいたが、テストやなんやら忙しく下巻を読んでいなかった。
テストも終わり、レポートもだいたい終わったので読んでみた。

1994年の起きたルワンダ虐殺について書かれた本です。
ルワンダ虐殺とは、ルワンダの多数派フツ族による少数派ツチ族の虐殺である。
100日間で80万人から100万人もの人々が殺されたという。

この本を読むと思うことや考えることがたくさんある。
なぜ、虐殺が起きたのか?
虐殺を防ぐことは出来なかったのか?
民族の違いとは何か?
民族の違いがなぜ排除の方向に向かうのか?
植民地支配の影響とは?
国際社会はなぜルワンダを無視したのか?
国連はなぜ機能しなかったか?
ならば、国連・国際社会は何をすべきだったのか?
国連の機能を向上するにはどうしたらいいか?
国際法や国際条約のあり方とは?
難民キャンプがなぜフツ族至上主義者の拠点となったのか?
難民による人道に反する犯罪をどのように扱えばよいのか?
どのように和解を行えばよいのか?
・・・。
挙げればきりがないんだけど、いろいろ考えます。

恐ろしいと感じたことが2つありました。
一つは民間人が民間人を殺すということ。隣同士が殺しあうということ。人間は一つの方向にどこまでもつき進んでしまうと、ここまでのことをやってしまうのかという恐怖。
もう一つは世界がほとんどといっていいほど無視をしていたということ。無視や無関心というものに対する恐怖。

この本はルワンダ虐殺から3年後の1997年に起きたある事件が書かれて終わっている。
ギセニィの学校での襲撃は、ギブイェが襲われたときと同じく、十代の少女ばかりの生徒たちは寝ているところをたたき起こされ、分かれるように命じられた――フツ族とツチ族に。だが生徒たちは拒んだ。どちらの学校でも、自分たちはただルワンダ人であると少女たちは言った。そのため全員が無差別に殴られ射殺された。

ツチ族でもフツ族でもなくルワンダ人と答える。
だけど、殺された。
何のために?
なぜ殺されなければならないのか?
この文章を読んだ時、とてつもない怒りと悲しみが沸いた。
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2006年02月21日

本「東ティモール〜奪われた独立・自由への闘い〜」

東ティモール.jpg

せっかくの休みなんで勉強し直そうと思い読んだ。

この本は1975年のインドネシアによる東ティモール侵攻から1999年の独立を問う住民投票、投票後の混乱に伴う民兵(と影ではインドネシア軍)による破壊・虐殺行為までのことが、分かりやすい文章で書かれています。

自分の行ったことのある国が、数年前まで苦難の道を辿っていたことを思うと考えさせられる。
今もいろいろ大変ではあるが、あちらで出会った人々の数年前はどれだけ苦しい日々を送っていたのだろう・・・。

インドネシアによる拷問・虐殺には胸が痛む。
それと同時に、インドネシアによる抑圧を見てみぬフリをしていた国際社会に失望する。

というか、日本は人道に反する行動をとるインドネシアの肩を最後まで持ち続けた。
重要な貿易相手国であるから、関係が崩れれば日本の国益に反するから。
しかし、そういった日本の行動は間接的に虐殺行為を容認していることになる。
このときの日本の行動には人道なんてものはなかった。

国際政治に国益は必要である。
同時に人道も必要である。
それが全てを律する訳ではないと思うが、取り入れられるべき概念である。
国益や利害関係だけで決定されたことにベストなものはないと思う。
国家とは抽象的なものとして処理されてしまいがちだが、中には人間が生きているのである。
人道という概念が忘れられた行動は、いい結果を生みにくいであろう。
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2006年02月17日

遠藤周作「海と毒薬」

海と毒薬.jpg

人それぞれにはそれぞれの歴史がある。そして、人それぞれにそれぞれの視点がある。
この物語の中心的な出来事は戦争中に行われた人体実験である。
登場人物がそれぞれ特徴を持っていて、それぞれの視点でその人体実験について書かれている。

なんというか、刹那的である。
ただ、流されるまま事体が進行していく。
物語の中で、登場人物は考えることを途中でやめてしまう所が何箇所かある。
考えることを止めた時点で、人はただ流されるだけの存在になってしまうのだろう。

命の感覚の欠如を感じた。
その欠如にはとてつもない恐怖を感じた。
倫理観や良心の欠けた感覚。
そういった登場人物に対して寂しい感覚に襲われた。

この物語で命に対する倫理観は、自己のぼんやりとした人生の中、組織の力の前にいとも簡単に崩れてしまう。
それは日本人だからであろうか?キリストのような確固たる神がいないからであろうか?
自分は日本人観・宗教観に関しては疎いのだが、果たしてどうなのか・・・?

日本人は様々なものに神を見出してきた民族であると思う。
例えば「お日様」とか「ご神木様」とか。
また、世間というものを気にするのも日本人の特徴であるように思われる。
そういった、様々なものの中で築き上げられていく倫理観は、一つの神を信じる宗教の中で築き上げられた倫理観よりも弱い面があるのかもしれない。
日本人特有のあいまいさの所以もここにあるのかもしれない。

自分は日本人のあいまいさが寛容につながっていると勝手に感じているので、あいまいさは嫌いじゃないのだけどね。
もちろん大事な時には白黒つけるのは当然だけど。
それにしても、世の中が白黒や善悪や裏表といった2つで分けることが出来たらなんて楽なのだろうと思う。
人間っていうのは複雑で不規則でそんな2つなんかに分けられるものではない。
というか、物事を2つに分けるとき、その命題自体がおかしいことって多い気がするのだけどね。
命題が間違っていたら、山手線のようにぐるぐると中心の周りを回るだけでいくら考えても答えは出ないさ・・・。

遠藤周作は初めてだったがいいね。
深いのだがその深さがいい!
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2005年12月04日

湯本香樹実「西日の町」

西日の町.jpg
最近読んだ本。
湯本香樹実の「夏の庭」は有名かな。
よく夏の文庫100冊みたいなのに入っている。

さて、その方の書いた本で「西日の町」
本の裏のあらすじより
西日を追うようにして辿り着いた北九州の町、若い母と十歳の「僕」が身を寄せ合うところへ、ふらりと「てこじい」があらわれた。無頼の限りを尽くした祖父。六畳の端にうずくまって動かない。どっさり秘密を抱えて。秘密?てこじいばかりではない、母もまた・・・。


母とてこじい(母にとっての父)の関係はねじれている。
そりゃ、あちこちふらふらばっかりで、家族なんてほとんど気にしていない(?)てこじいに子供のころからいい思いをしていなかったのだろう。
他にも母は自分自身の現状に色々なジレンマを持っているし。

病院でてこじいの表情の変わる所の表現に息をのんだ。
あぁ、人が死ぬときってこうやって輝きを失っていくのか、みたいな・・・。
ほんとうに、何もなくなる感じ。

おだやかなストーリーでした。
家族の複雑なんだけど、どこか暖かい気持ち。
でもそれは、表には出にくいものかもしれません。

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2005年11月24日

星 新一「ブランコのむこうで」

今日は実験があり、へとへとです。
こんな日はいい夢がみたい・・・。

ブランコのむこうで.jpg
星 新一「ブランコのむこうで」
主人公の男の子がいろんな人の夢の中をさ迷う物語です。
すらすら読めて、面白かった。
この物語に出てくる夢の住人たちは、現実で叶えられないことを夢の世界で叶えている。
というか、現実の不満や悲しみで何か欠けた日々を夢の世界で補っているというか。
夢の世界を単なるユートピアとして描いていないところがシビアだ。
結局、登場人物たちは夢から覚めてしまえば現実に戻され、思い通りにいかない生活をするわけである。

暗闇の中で、いつくるのか分からないバスを待つ夢が怖かった。
しかも、何処からきて何処に行くのかも分からないバスを待つ・・・。

現実ではショボクレおじさんの独裁者になる夢も怖い。
現実で気に入らない人間を、夢の中で殺してしまったり・・・。
唯一の救いは、独裁者とすっかり同じ姿の平民がいて、こいつは心が優しい。
ショボクレおじさんの夢の中での2つの姿。
なんか、悲しくなる。

本の表紙なんかを見ると、ほんわかしてあったかい物語なのかなと思ったけど全然違い、悲しい現実を生きる人たちの夢の物語だった。

けど、人々を感心させるために道に彫刻を作っていた男が、全然納得のいく彫刻を作れず、最後に人の役に立つため道を歩く人がつまづかないように、一つのくぼみを埋めようと決心する夢が一番印象に残った。
生きてたってたいしたことはできないけど、生きてたっていいじゃんと思える。
地位とか名誉とかなくても、人のためになにかをするって素敵なことだと思った。
(この物語は夢の中ではあるが)

夢って不思議。
すげぇ現実的な夢(大学で講義受けてる夢とか)もあれば、漫画みたいな夢をみることもある。
今日はどんな夢をみるのかなー。
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2005年11月21日

井上雄彦「リアル5巻」

リアル5巻.jpg
車椅子バスケットの話。
主人公の戸川はひたむきに前に向かっているね。
野宮も自分なりな(?)感じで少しずつ進んでいる。
この2人も気になるが、高橋がなかなか進めないでいるのが気になる。
リハビリも少しずつうまくいっていたのに・・・。
なんというか、もうずたずた。
うまくいかなすぎ。
本人のプライドが高すぎて、それが障害になって受け入れることが出来ないでいるように感じた。
受け入れたくないことを受け入れるのって難しいですね。

そしてもう一人、戸川の心のヒーローの一人の山内。
あの衝撃発言。
忘れられません。

厳しい現実というものを突きつけられたときの「リアル」な人間性が描かれている漫画だと思います。

さて漫画の中で、ミスチルの「シフクノオト」のジャケットが出てきた!
つーことで、シフクノオトでも聴くかー。

ちなみに昨日はレポートのせいで徹夜だった。
なのにそれほど眠くない。
おかしいなぁ。
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2005年08月13日

「夕凪の街 桜の国」こうの史代

夕凪の町.jpg

今日はロロシップのミーティングがありました。
東ティモールから一時帰国している駐在員の方もミーティングに参加しました。
久々にお会いしましたが、元気そうでなによりでした。


さて8月ってことで、テレビなんかで戦争にちなんだ番組をけっこうやってるね。
そんな中、本を一冊。

「夕凪の街 桜の国」こうの史代

物語は広島の原爆から10年後という設定です。
一人の女性が主人公です。
一般人からみた原爆というものが描かれています。
これを読んで感じたのは、国が勝ったり負けたりして戦争が終わっても、戦争に関わった人間は、心のなかで苦しみや葛藤と戦わなければならないのだなぁ、と思った。

漫画で初めて泣きました。
原爆とは、戦争とは、平和とは・・・。
簡単に結論の見えない難題を、さほど厚くない本ですが、いろいろと考えさせられます。
(現在も思考中)

結局、平和って犠牲の上にしか成り立たないのかね。
だとしたら悲しい。
紛争やテロやらで混乱している世界で、これ以上の犠牲は必要か?
命というものより上にくるものがある時、悲劇が起きるんじゃないかね。
それは、国家だったり利権だったり信念、思想、あるいは絶望とか怒りとか・・・。

まっ、こんな感情論は論理的じゃないんで、なんの説得力も持ち合わせていませんがね。

少なくても言いたいことは、平和のために何をすべきかってことを考え続けることだ。
一番やりたくないのは、政治家やマスコミのいうことを鵜呑みにして、適当に判断してしまうこと。
情報を流すのは人間だから、多かれ少なかれベクトルがかかっている。
自分の意思のつもりでも、あんがい他人の意図した方向を向いていることもある。
できるだけ多くの情報を集めて、その中で判断していきたいもんだ。
とは言うものの、何にも考えないで、上から言われることを信じて生きていくのって、ものすごく楽なんだけどね。


なにはともあれ、この本はいい本ですのでお勧めです!



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2005年06月16日

サン=テグジュペリ「星の王子さま」

久々のブックレビューです。
今日はサン=テグジュペリ作「星の王子さま」です。
名前くらいなら1度は聞いたことのある人も多いでしょう。

ストーリは簡単にいえば、いろんな星を旅した王子さまが最後に地球にやってきて、そこで砂漠に墜落した飛行機乗りと出会う、という話。
実際にサン=テグジュペリは飛行機乗りで、サハラ砂漠で遭難したことがあります(詳しくは「人間の土地」という本に書かれています)

「星の王子さま」には言葉があふれている。
「かんじんなことは、目には見えない」
使い古された言葉かもしれないが、この本の中で読むと心に響く。
自分はかんじんなことをほんとは見えちゃいないのに、きちんと見えていると勝手に感じて、生きてしまっている気がした。
けど、そういったものをきちんと見ていくのって大変なことだと思うけど・・・。

本の中ではよく子供と大人が対比されていて、子供を純粋なもの(プラス的)、大人は大切なものがみえなくなったもの(マイナス的)、となっている。
子供を単純に純粋だと言い切れないが、大人に対しての表現(とういか、人間について言ってるようなもんだけど)はなるほどな、と思った。

例えば、一人の天文学者がいて、ピエロの格好で発表しても信じてもらえないのに、きちんとした格好で発表をすると信じてもらえる。
ひとって表面だけで判断してしまいがちですね。

ほかにも、いろんな「大人」が出てきて、そのひとりひとりを見て「なるほどなぁ」、と思ってしまう。

ラストのほうの「いつまでも悲しみは続かないよ」という台詞が悲しく聞こえる。
なぜって、悲しいままで物語が終わっているからです。
もう手紙を送ることはできないのだから。
この物語に出てくる人たち、動物、植物、なんかみんな悲しい・・・。

表面だけ取り繕って生きている本の中の「大人」の生き方は、あまり傷つかなくていいし楽なんだと思う。
だけど、そんなの嫌だ、ってのが自分の感想です。
けど、気がついたら、「大人」な生き方をしているのかもしれません。

「出会えてよかった」と思える本です。

posted by のっち at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月05日

シエル・シルヴァスタイン作「おおきな木」

おおきな木.jpg

本日2度目の投稿〜。
朝に書いたのは昨日の日記みたいなもんだからね。

さて、頭が痛い。2日酔いのせいばかりではないっぽい。
頭の痛くなる原因4,5個思い浮かぶなぁ。
なにから手をつけていこうか。
頭がこんがらがる〜。

そんな頭がこんがらがったときには絵本なんていかがでしょう?
シエル・シルヴァスタイン作「おおきな木」

絵本です。
内容はまず、一人の男の子に木が男の子の望むものをひたすら与え続けるって話です。
で、男の子はどんどん大きくなって最後にはおじいさんになるんだけど、最後の最後まで木はいろいろと与え続けます。
男の子のほうはよくわからないけど、木のほうはその男の子のことが大好き。
だから、一生懸命に男の子にいろいろあげるんだけど、なかなか報われません。

家とか船を作るために自分の体を削っていく木の姿は泣けてきます。
こんなにまでして、自分の気持ちを表現してて、切なくなります。
みかえりなんて求めない無償の愛って感じかな。
愛するって自分を捨ててでも愛する人のために行動することかもね。
親が子供に対して持つ感情もこんな感じなのかね。

愛する相手がいるだけで幸せなのかもしれない。
たとえ相手がその愛に気づいてくれなくても。
ってなことを思ったり、
こんなの本当の愛じゃねえよ
って思ったり、そんときの気分なんかで感じ方が変わっていきます。
(ちなみに今回はこういう愛に目が潤いました)

絵本なので、詳しい説明はありません。
だから、読んだ人間が好き勝手にいろんなものを感じ取るものです。
絵本だからってばかにしないで、読んでみるのもいいかもです。
だけどね、簡単に読めるんだけど難しいんだ、これが。
ますます頭がこんがらがる・・・。
posted by のっち at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月30日

浦沢直樹×手塚治虫「PLUTO」2巻

今日は、ロロシップのミーティングがありました。
で、その帰りに本を買いました。

「PLUTO」
ロボットの話です。内容は、ネタばれになっちゃうんであんま書かないけど、いろいろ考えさせられます。浦沢直樹の漫画は(MONSTERとかMASTERキートンとか)けっこう深いもんが多いね。そこが好きだ。

未来には人間のような考える力や、感情をもったロボットってできんのかな〜。
生物学をやってる者としては、脳の仕組みだとか、感情の発生の仕組みだとかちょっとは興味あるけど、そういうのが解明されちゃったら、ロボットなんかに応用されそうだ。
いいのか、悪いのか・・・。

科学ってのは、人間の手に入れた「道具」の一つで、どう使っていくかは、人間の責任だと思うね。
使う側がしっかりしてれば有効利用できるし、使う側がアホだったらアホな使い方しかできないし。
なんだか、難しいね。
科学技術はどんどん進んで、一般人には仕組みとかほとんど分かんなくなってきているし。
まあ、どの世界もそうだろうけど・・・。

話はそれたけど、「PLUTO」はおすすめです!
posted by のっち at 18:56| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月24日

松本仁一著「カラシニコフ」

「カラシニコフ」ってのは銃の名前です。
世界中に出回っていて、問題となっている銃っす。
そのカラシニコフについて書かれた本です(そのままか・・・)

カラシニコフを使った少年、少女の話、この銃の開発者の話、大量に出回った銃をどうしていくか・・・。
本の中身は重いし深いです。

そういやこんなCMが少し前までやってたよね。
カップヌードルのCMで(ミスチルの曲が流れるやつ)美しく青い海にたたずむ一人の少年。
その少年が銃を持っているやつ。
ミスチルの曲もきれいで、とってもいいCMだったのに、なんかいろいろあってCMのほうは打ち切りになったらしいんだけど、彼のような子供が戦場に出される時、「カラシニコフ」という銃を持たされるらしいです。

理由は手入れが子供でも扱えるくらい簡単な銃だから。
子供が兵士になってしまうのは、命令を下す側が大人よりも扱いやすいから。

社会的に弱い立場の人間(子供、女性)が戦場へと向かわせられる現実。
胸がズキズキと痛みます。

こういった銃を回収し、兵士にされていた人たちにカウンセリングをし、社会復帰をさせて、経済的に自立させ、生活が安定するとこまでいかなければ、社会は不安定化してしまうのだろう。社会が不安定化すれば、再び争いが生じてしまう・・・。

内容は深いですが、読みやすい本なので、おすすめです!

posted by のっち at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月15日

天童荒太「家族狩り」

大学が始まってしまいましたが、ようやく天童荒太「家族狩り」全5巻を読み終えることができました。いや〜、長かった。けど、読み応えのある作品でした。

「家族」をテーマに現代社会の様々な問題を扱っていて、読んでいるうちに気持ちが重くなります。紛争や難民といった地球規模の問題から、子育てや家族のあり方といった身近な問題まで本の中の登場人物たちは悩みます。自分も思いっきり悩んでしまいます。

はっきり言って、世の中のひどい部分、汚い部分を見ているとつらくなる。目をそらしたくなる。そうやって生きていけば、とても楽に生きていける気がする。どんなに世の中をどうにかしようと思っても、自分にできることなんてほんのわずか、いや、何もないのかもしれない。
何年も前からだけど、無力感といったものを感じていた。

けど、この本を読んで、世の中を見ていることだけでも意味のあることなんだなぁ、と少し考えを変えることが出来た。世の中を動かしたりするわけじゃないけど、この時代に生きている人間として、しっかりと世の中を見ていこうと思った(なんてね)

この本は、国際、国内問わず「世の中」に無関心な人ほど読んでもらいたい。

また、登場人物たちは「必死に生きているのにうまくいかない人たち」が多くいた。「生きることは明るく楽しい」なんて、この本では描かれてはいません。傷を負った人間が懸命に生きていく姿が描かれています。そのあたりもかなり共感がもてました。


長い小説なので読み終えた達成感も、なかなかのものでした
posted by のっち at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月04日

天童荒太「家族狩り」第二部

今日は特にすることもないので、部屋でごろごろしていました。少し疲れていたし。
で、今日読んでいた本はその疲れをさらに増幅されてしまうような本であった。

家族狩り2.jpg
天童荒太「家族狩り」
以前から読んでみようと思って5巻全てを買いだめだけしておきました。
けど、3月の初めに第一部を読んだ後、なかなか時間がなくて本棚に置きっぱなしになっていた。
今日から少し時間ができるので、大学始まるまで読破しよう。

今日は第二部と第三部の途中まで読みました。
全部を読んでいないので感想は書けないが、読んでいて共感できるとこが多くあるので、重いストーリーなのにすらすら読めてしまう。
いや〜、続きが気になる。今日は徹夜か!?
posted by のっち at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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