2006年12月17日

散文の断片「暗闇さん」

冷たい雨の降りしきる中、一人の人と一頭の馬が旅をしていました。
「ひどい雨だ。冷たくて凍えそうだよ」
「どこか雨をしのげる場所があるといいのだけど・・・」

そう言いながら進んでいくと、洞窟が見えてきました。
「ちょうどよかった。洞窟であまやどりをしよう」

旅人と馬は洞窟に入りました。
洞窟の中は真っ暗で何も見えません。
雨音だけが洞窟の中に響いています。
真っ暗では身動きが取れないので、旅人はランプを灯しました。

洞窟には小さな明かりが灯されました。
「早く雨やまないかな」
「そうだね、止まないかな」
雨音を聞いていると、しばらくはやみそうにありません・・・。

少しするとどこからか、人の駆ける音が聞こえてきました。
「なんか音がする。だれかいるのかな?」
駆け音はだんだんと大きくなってきました。
そして、大きな声が聞こえました。
「灯りは消して!お願いだから早く消して!!」
ランプを声のする方に向けると目の前には小さな子供が立っていました。
旅人は言われるがまま、明かりを消しました。
「あーあ、せっかくの明かりを消しちゃった」
馬は言いました。
それを聞いた子供は、馬の方をにらみました。

旅人は聞きました。
「ねぇ、君。どうして明かりを消して欲しかったんだい?」
小さな子供は言いました。
「だって、暗闇さんが死んじゃうから」
「暗闇さん?」
「そう、暗闇さん。すぐそこにいるよ」
旅人は辺りを見回しました。ですが、真っ暗で何も見えません。
「・・・何も見えないけど」
「見えないの?あぁ、見えないのかも。父さんも母さんも見えないって言ってたから」

「君には暗闇さんが見えるんだ」
「そうだよ。暗闇さんとお話するの。暗闇さんはとってもかわいそうなの」
「どうしてだい?」
「だって、暗闇さんは一生懸命生きてるんだよ。だけど、それがたくさんの人を悲しませてしまうんだって。
それが苦しくって苦しくって仕方がないんだって・・・」
小さな子供は悲しそうな声で言いました。

「暗闇さんはいつも一人ぼっちなんだ。誰に見てもらうこともないし、誰からも気にしてもらえないんだ。
「だから暗闇さんとお友達になったんだ」
小さな子供は嬉しそうに言いました。
「そうなんだ。きっと暗闇さんは喜んでいるよね」
「うん。そうだといいなぁ」
小さな子供はにっこりと笑いました。
その時、洞窟の中は少し温かく感じました。
気のせいかもしれませんが、確かに温かく感じました。

洞窟の外では雨は相変わらず降り続いています。
ただ変わっていくのは、だんだんと暗くなっていくことでした。
「そろそろお家に帰らなくて大丈夫かい?」
「そろそろ帰らないと・・・。旅人さん、明日もここにいる?」
「分からない。雨のままならいるかもしれないし、晴れていたら出発しているかもしれない」
「そうなんだ・・・。明日も会えるといいな。バイバイ」
そう言って、小さな子供はお家へと帰りました。

小さな子供がいなくなると、馬は言いました。
「なんなのだろうね。暗闇さんって」
「そうだね。少なくともいえるのは、優しい生き物だってことだよ」
「でも人を悲しませるのでしょう?」
「いや、きっとそれは違うのだよ。悲しい出来事があって暗闇さんがやってくるだけで、暗闇さんが悲しみの原因ではないよ。
暗闇さんは悲しいことを見えなくすることで優しく包むことができるんだよ。光にはそれができない・・・。」
旅人は心の中で(きっとそうだよ暗闇さん。だから、安心して大丈夫だよ)と言いました。
「いつでも悲しみに向き合うことのできる人間なんていないんだよ」
馬は「ふむふむ」と頷きながら聞いていました。

小さな子供がいなくても、旅人はランプを使おうとはしませんでした。
真っ暗な洞窟の中には旅人と馬の声が響いています。
暗闇さんはその声を聞いていたのかもしれません。
洞窟の外は闇で包まれていました・・・。
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2006年12月14日

散文の断片「花畑の住人」

どこかの道なき道を一人の人と一頭の馬は旅をしていました。
あるとき、美しい花畑にたどり着きました。
「うわー、きれいだな」
その人は思わず声を上げました。
「うん、きれい。これまで見た花畑の中でもかなりの上位だよ」
と馬は言いました。

花畑を進んでいくと、一つの小さな家がありました。
その家の前では一人の人が何やら作業をしていました。
「こんにちは」
と旅人は声をかけました。
その人は少し驚いたような様子で、
「こんにちは。こんな場所に人が訪れるなんて珍しい」
と答えました。

旅人は聞きました。
「あなたはここに住んでいるのですか?」
「ええそうですよ。花畑で静かに揺れる花を見ながら生きていくのが夢だったのです」
「へー、面白い夢ですね」
「そうですね。変わった夢かもしれません」
「いつからここに住んでいるのですか?」
「そうですね。ずいぶんと昔のような気がします」
「一人なのですか?」
「ええ、一人です。本当は誰かいることに越したことはないのですが・・・。でも、夢のような場所に出会えて嬉しく思います」

「じゃ、今は幸せってことだ」
馬は嬉しそうに言いました。
すると、その人は少し伏目がちに言いました。
「いえ、その、実はそうではないのです」
「どういうこと?」
「本当は花にこちらを向いてもらいたいのですが・・・」
その人は悲しい声で言いました。
「花は違う方を向いているのです。こちらを振り向いてはくれません。たくさん花を想っているのに通じることはありません」
よく見ると、花はその人の家の方を向いてはいませんでした。
「ふーん、花に対する想いは一方通行だね。こんなに近くにいるのにね」
馬は言いました。
「・・・ええ」
短くその人は答えました。
花畑を愛おしいような悲しいような、そんな目で見つめていました。

柔らかい風が吹きました。
花々は静かに揺れました。

「でも、あなたはこの花が好きなのですね」
旅人は優しく聞きました。
「・・・ええ」
短くその人は答えました。
「いつか、あなたのことを見てくれると信じているのですか」
「ええ信じています。でもこちらを向いてくれなくても構いません。そんな気持ちです」

旅人の目に映る花は、どこか幸せそうでした。
それは、花畑に住む人がそうさせているような気がしました。
でも、これは旅人が勝手に感じたに過ぎません。
本当のところは何も分かりません。
旅人に出来たのは、花があの人のことを見てくれるよう願うだけでした。

「それでは、そろそろ行こうと思います」
旅人は言います。
「そうですか、お元気で」
花畑の住人は答えました。

そうして、旅人と馬は出発しました。
花畑の住人が見えなくなって、馬は言いました。
「人ってみかえりを求める人ばかりと思っていたけど、そうでない人もいるんだね」
「そうだね。でも、みかえりって言うのは言葉が悪いけど、少しでも返ってくるものがないと、不安にもなるし寂しくもなるよ」
「へー」
「嫉妬や怒りだって、人の立派な感情さ。ありすぎると困るけど、そういうものを持っているのが自然だよ」
「じゃあ、あの人はみかえりを求めないから幸せなのかな?」
「いや、それは違うと思う。人は心の底から望むものになかなか出会えることはない。出会えたとしても、それが手に入るとは限らない。だから、あの人は幸せなのだと思うよ。だって、心から望むものと出会えているんだから」
「ほーほー、なるほど」
「・・・ちゃんと聞いてるの?」
「聞いてるよ、聞いてますとも。ねー、人間って大変だね〜。君は心から望むものっていうのに出会えたの?」
「ノーコメント」
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃん。ケチ・・・」
「はいはい、まぁいいさ」

だんだんと花畑は小さくなっていきます。
遠ざかる花畑を背にしながら、馬は言いました。
「ねぇねぇ、この旅は一方通行かな?」
「どうして?」
「いや、なんとなく」
「それは分からない。時々不安で仕方なくなるけど、進むしかないよ」
「ふーん。進むしかないんだ。たとえ一方通行でも?」
「そう、一方通行でも。行けるとこまでは行くつもりだよ」
「そっか。とにかく言いたいのは、あまりこき使わないでくれよ」
「分かってるよ。大丈夫」

道なき道は果てしなく続いているように思えます。
いろんな感情を抱きながら、旅人の旅は続くのでした。

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2006年11月13日

散文の断片「鐘のある塔」

ある深い深い森がありました。
その中を一人の人が馬に乗って旅をしていました。

「ずいぶんと森は続くね」
「そうだね。ずいぶんと深くて暗い」
「早くこんなところ抜け出したいよ」
「でもまだだいぶかかりそうだね」

深い森の中でどこからか鐘の音が聞こえてきました。

「鐘の音だ。音のなるほうに人がいるかもしれない」
「それにしてもきれいな鐘の音だね。とても優しく感じるよ。いい村があるかもしれない」
「うん、こんな美しい鐘の音を聞ける村なんて幸せだね」

音のする方に進むと、塔がありました。
塔のほかには周りに何もありません。

「さっきの鐘の音はここから聞こえたのかな」
「たぶんそうだよね。なんでこんな場所に塔なんてあるのだろう?」

塔には入り口のような扉がありました。
その扉に手を触れると、また鐘が鳴りました。

「鐘が鳴るってことは、ここに誰かいるのかな」
「泊めてもらえると助かるね。森で野宿は嫌だよ」

その人は入り口をノックしました。
誰も出てはきません。
何度かノックしましたが、何の返事もありません。

思い切ってドアノブをまわしました。
鍵はかかってはいませんでした。
扉はにぶい音を立てて開きました。

「ごめんください」
中は薄暗く、ひっそりとしていました。
塔の上へ上がる階段がありました。
「ちょっと上を見てくるよ」
その人はそう言うと、階段を上っていきました。

階段を上るとそこには大きな鐘がありました。
小さな窓からは僅かに光が入ってきていました。
外を見ると果てしなく森が広がっていました。

その人は鐘の周りを見渡すと、一人の人が倒れているのが見えました。
近づいてみると、もう息はしていませんでした。

また鐘が鳴りました。
その響きはこれまでの優しく美しいものと違って聞こえました。
苦しくて悲しくて、何かを伝えているかのような音でした。
ずっと鳴り響いています。鳴り止む気配はありません。
それはその人を安らかに眠らせて欲しい、と鐘は訴えているように感じました。

「この人のお墓をつくれば、君は鳴り止んでくれるのかい?」
そう旅人が言うと、鐘は安心したように鳴り止みました。
窓からはさっきよりも光が満ちているような気がしました。
旅人は思わず鐘に手を触れました。
すると、金属の持つ冷たさよりも、命の持つ暖かさを感じたような気がしました。
「君は暖かいんだね。この人にもきっと伝わっているよ」
旅人はそう独り言を鐘に向かって言いました。
鐘はとてもきらきらしていました。

旅人はその人を土に埋めました。
土を掘っていると鐘の音が時々響いてきました。
そのときの息のない人は、悲しげそうな目の中にも安らぎをみせていたような気がしました。
そしてその人は鐘の音と共に土の中に眠りました。
旅人はどっと疲れたようにその場に座り込みました。
もう鐘は止んでいました。

「悲しみって目を閉じたら見えなくなるのかな?」
馬は聞きました。
「どうしたんだい、急に」
旅人は答えます。
「あの人とても悲しそうな目をしていたから」
「んー、死んだ人間は分からない。でも生きている限りは目を閉じても悲しみは瞼に映ると思う」
「ひゃー、じゃ人間は生きてると悲しみから逃げられないね」
「ははは、まあね。逃げるつもりはないけど・・・」

その後、塔の中で一晩過ごしました。
そして、朝を迎えました。
森の中は霧が立ち込めています。
どの方向に進もうか迷いながらも、出発しました。

「それにしても、あんなにきれいな鐘の音なのにもったいないと感じるよ」
馬は言いました。
「どうしてだい?」
旅人は答えます。
「だって、たくさんの人に聞いてもらうことができないのに鳴っているんだよ」
「世の中、そううまくはいかないものだね。それに・・・」
「それに?」
「あの鐘に心があったとして、多くの人に聞いてもらおうなんて思ってはいなかったんじゃないかな?」
「どうして?」
「なんとなくだけど、あの倒れていた人にだけ聞いてもらうことができればよかったんじゃないかな?」
「ふーん、君は相変わらずな捉え方をするね。じゃ、あの人は何者さ?」
「そうだな・・・。世の中は謎だらけだよ」
「なんだい、それ。答えになっていないよ!」

森の中は静かです。
その静けさは恐怖すら感じさせました。

「もうあの鐘は鳴らないのかな」
「分からない。でも、役目を終えてしまって鳴らないのかもしれない」

これから先、もう鐘が鳴ることはなくなりました。
鐘の音のない森の中を人と馬は走っていました。
いつ抜けられるのか分からない森を、いつか抜けられると信じながら・・・。
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2006年11月07日

短文の羅列「とりあえず無題」

一人でぼんやりと、草むらに横たわっていました。
雲ひとつない青空が見えます。
周りには誰もいません。
ひどく冷たい安らかさを感じました。
ただ高い空が僕を見下ろしていました。

空腹に襲われても食事はのどを通りません。
歯車がうまく噛み合わず、もがくだけの日常です。
なぜ、こうなってしまったのだろう?
それは自分が悪いのです。
そう、自分が悪いのです。
自分の醜さを憎みました。

終わりが見えたような気がしました。
それでも生きていたいと思いました。
青い空は美しいと思いました。
木々の紅葉は美しいと思いました。
小鳥の鳴き声は美しいと思いました。
自分も美しくなりたいと思いました。
だから生きていきたいと思いました。
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2006年10月28日

散文の断片「暗闇の絵の話」

とある世界で一人の人は肩に鳥を乗せて旅をしていました。
日も暮れてきた頃、ある家の門をたたきました。
一晩泊めてもらおうと考えていました。

ドアから一人の老人が出てきました。
「何かようですか?」
「旅のものです。もしよろしかったら、一晩泊めていただきたいのですが」
「それはそれは、どうぞお入りください」
そう言われ、その人は老人の家に入りました。

「旅の方がここらを訪れるのも珍しい。なぜ旅をしていおるのだい?」
その人は、鳥が手紙を届けているのを助けていることを言いました。
「ですので、これは自分の旅ではないのです」

「何を言いますか、それは立派な旅ですよ。今回の目的地はあなたにとって意味はないかもしれませんが、歩いていることは意味がありますよ」

廊下には黒い感じの絵がたくさん飾られていました。
年老いた人が暗闇で立ちすくむ絵、暗闇の中で不気味な枯れた花、暗闇の中で古ぼけた家具・・・。
全てが暗闇の絵でした。
それらを見ていると、ぞっとしました。

「どうしましたか?」
「いや、ずいぶんと衝撃的な絵ですね。なにか苦しみのようなものを感じます」
「陰気な絵です。もうこういう絵しか描けないのです」

旅人は部屋に通され、疲れもあってぐっすりと眠りにつきました。
その夜、ふと目が覚めました。
廊下からは足音がしました。
その人はおそるおそる、廊下に出ました。
窓からは月明かりが差していました。
月明かりの中、さっきまで暗闇だった絵が変化しているのに気がつきました。
仲のよさそうな男女が描かれた明るい絵、美しい花畑の絵、居心地のよさそうな椅子の絵・・・。
暗闇の絵の下には、明るい世界が隠されていたのでした。
逆に言えば、明るい世界は暗闇に塗りつぶされていました。
「きれいな絵だな。本当はきれいな絵なんだ」と旅人は思いました。

その絵の前には家の主が立っていました。
「やや、旅人さん。いかがしました?」
「いえ、少し廊下で音がしたもので」
「すみません。起こしてしまいましたか」
「いえいえ、それよりこの絵はすごいですね。月明かりで変わるのですね」
「月明かりでしか変わることは出来ないのだよ。太陽の光は強くて恐ろしい」

いつの間にか、肩に鳥がとまっていました。
鳥は少し悲しそうな目をしているように感じました。
「この絵は美しいですね」
「それはありがとう。でも、美しさは時に刃になるんだよ。時に過去の美しさはね」
「過去の美しさ?」
「そう、過去の美しさに目を奪われては未来はないのだよ。でも過去を塗りつぶしてもあまり意味はなかった」
そういうと、老人は黙って自分の部屋へと戻っていきました。
その空気はどこか冷たさを感じました。
旅人は肩の鳥の温かさに救われているように感じました。

朝が訪れました。
廊下の絵は暗闇の絵でした。
鳥を肩に乗せた旅人は老人に礼を言い、再び出発しました。
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2006年10月23日

散文の断片「断崖絶壁にたたずむ人」

ある青い空の下での出来事です。
一人の旅人と一頭の馬が旅をしていました。
ある時、断崖絶壁にたどり着きました。
谷底には深い深い闇が広がっていました。
「うわー、こいつはすごいね!どうするの?」
「ここらに橋がかかっているはずなんだけど」

少し谷沿いに進むと、断崖絶壁にたたずむ一人の人がいました
「あそこに人がいる。この辺に橋がないか聞いてみよう」
旅人は声をかけました。
「こんにちは」
その人は少しびくついたかのように見えました。そして旅人を振り向きました。
その顔は頬がこけて宙に浮いた目をしていました。
「・・・こんにちは。何か」

「この辺りに橋はありませんか?」
「橋ですか・・・。昔のことですが、橋があるということは聞いたことがあります。だけど、どの方向にあるのか記憶は曖昧ですし、今はもうないかもしれません」
「そうなのですか。少なくとも、昔聴いた話では橋はあったのですね?」
「まぁ、そういうことになります。すみません、何の役にも立てずに」
「いえいえ。ところで、あなたはここで何をしていたのですか?」
「・・・ここを飛び降りようとしていました」
旅人と馬は絶句しました。

「もしよかったら、その理由をお聞かせ願いませんか?通りすがりの者ですから気楽に」
その人は少し考え込みましたが、
「そうですね。どうせ自分は死ぬのです。最後にあなたに話を聞いてもらいたいと思います」
と言いました。
それを聞いて馬は、
「あーあ。やっかいなことにならないといいけど」
と独り言を言いました。

「これまで、誰にも本音を悟られないように生きてきました。なぜ、そんな生き方になってしまったのか、はっきりとは分かりません。
ある時、とても信頼できる人と出会いました。その人にだったら、自分を分かってもらえると思いました。
そして、死ぬような想いで心を開きました。これまで心を閉ざして生きてきたので、本当に死ぬ思いでした。けれども、その開いた心を相手にせせら笑われました」

「・・・その後も何人か信頼できそうな人と出会いました。だけど、いざ心を開いて話すと無視されたり、聞いているふりだけされたり、その時は真剣な姿を見せますが2度と話を聞いてくれなくなった人もいました。
誰かに受け入れてもらえればどんなにいいだろうと思います。だけど、それは難しいことですね」
「そしてこの長く深い谷にたどり着きました。この谷の闇を見ていて、誰にも受け入れてもらえない自分はこの谷底の闇に消えたほうがいいんだと思いました」
旅人は時々うなずきながら、ほぼ黙って聞いていました。
「・・・やっぱ、軽蔑しますよね。死にたいと思う人間を。無価値な人間であると」

「あなたが死にたいという気持ちを、通りすがりの自分がとやかく言う資格はないのかもしれません。生きていればなんとかなるなんて生易しい言葉もあなたには不要でしょう。生きていてなんともならなかったから、ここにいるのでしょう。
でも、あなたはそれだけ苦しんでいるのだから、同じ苦しみを持った人に優しくできるかもしれない。苦しんだことのない人間に苦しんでいる人間の気持ちは分からないのですよ。でも、あなたにはそれが分かる。そしたら、あなたは価値があるといえるのではないでしょうか?」

「・・・そういうとらえ方もありますね。ところで旅人さんは、なぜ旅をしているのですか?一人がいいからですか?」

「裏切られたことはたくさんあるし、心の底から傷つくこともありました。それでも、誰かと生きることが出来ればいいと思って旅をしています。決して一人を望んでいるのではありません。
誰かに分かってもらいたいとは思います。分かってもらえないことはとても苦しい。でも分かってもらえなくても生きていたいし、旅を続けたいんです」

「そうなのですか・・・」
その人はどこか遠くを見やるようでした。
それは谷底を見ているようであり、谷の向こうの大地を見ているようでもありました。

「そういえば旅人さん。あなたは橋をお探しでしたね」
「ええ、そうです」
「わたくしもお手伝いいたしましょう。この辺りについては詳しいつもりですので」
「ええ!いいのですか?」
「別にいいですよ。死ぬことはいつでもできますが、あなたと橋を探すことは今しかできませんから」
その時のその人の顔は笑っていました。だけど、その笑顔は少し歪んでもいました。
「やれやれ、どうなることやら・・・」
馬はぼそりと独り言を言いました。

旅人はその人に言いました。
「ところでさっきの話、まだまだ話し足りないんじゃないですか?」
するとその人は驚いたように言いました。
「・・・そうです。まだ言いたいことのこれっぽっちも言っていない気がします」

見渡す限り谷は続いていて、橋は見当たりません。
その中を二人の人と一頭の馬は橋を探しに出発しました。
posted by のっち at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

散文の断片「行くべき場所まで飛べない鳥」

しばらくの間、その人は鳥の看病をしました
これまでぼんやりと過ごしてきたその人は、久しぶりにはっきりとした行動をしました
この町に来て以来、特に目的もなく過ごしてきたのでした
喜びも悲しみもこれといって感じてはいませんでした
だけど、それが少し変わりました
その人にとって鳥が元気になることが望みとなりました
だけど飛べないという事実は心にひっかかたままでした

鳥はみるみる元気になっていきました
その元気な姿を見ていると、本当は飛べるのではないかと思えました
鳥は時々ぼろぼろの翼をバタバタさせて飛ぼうとします
一生懸命、飛ぼうとしています
だけどもう飛べません
元気なのに飛ぶことは出来ません

その人は申し訳なさそうに言いました
「ごめんね。君はもう飛べないんだよ・・・」
それでも必死に鳥は羽をばたつかせています
それを見ていて、とても悲しくなりました
自分のしたことは間違っていたのではないかと、思いはじめました

しばらく羽をばたつかせていましたが、突然やめました
すると、ひょこひょこと外へ向かって歩き出しました
「おいおい、外は危ないよ」
そう独り言を言いながら、鳥を手のひらで包みました
鳥はとても温かく感じました
でもどこか震えていました

鳥は足についている手紙の入った筒を何度もつつきました
その人は鳥が「この手紙は必ず届けなくちゃいけないんだ」と言っているような気がしました
そのときの鳥の目は輝いていました
飛ぶことはできない鳥でも輝いていました
そして、また歩き出そうとしました

その姿を見てその人は肩に鳥をのせました
「手紙を届けたいんだよね。一緒に歩いていこう」
その人は鳥に向かって言いました
すると、鳥はさえずりました
その人はかすかに笑って、鳥と共に歩き出しました
posted by のっち at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

散文の断片「鳥を拾った人」

道の上に一羽の鳥が倒れていました
それを通りすがりの人が見つけました
「どうしたんだろう?死んでるのかな?」
その人は恐る恐るその鳥に手を触れてみました
とても暖かさを感じました、でもどこか弱々しさも感じました
その人は大事そうにその鳥を抱えて、近くのお医者さんのところへ行きました

「どうしましたか?」
「道端に鳥が倒れていたもので」
「ほー、どれどれ」
そういいながら医者は診察を始めました
「うん。命に別状はないよ。数日安静にすれば元気になる」
「本当ですか。それはよかった」
「しかしね・・・」
「しかし?」
「もうこの鳥は飛べないよ」
「飛べない?」
「これを見たまえ」
医者は翼を広げました
羽はぼろぼろで見るのも耐え難いほどひどいものでした

「どうにかすることはできませんか?」
「こればかりは無理だね。どうすることもできないよ」
その人はひどく落胆しました
「・・・飛べない鳥を助けてしまった」
「ん?何か言ったかな?」
「いえ、何でもありません。独り言です」
と、その人は言いました
医者はその声にあまり気にしないそぶりで、鳥の診察を続けました
「ん?これは何だ?」
医者は鳥に何かを見つけました
鳥の足には小さな筒がありました
その筒を開けると小さく丸まった紙が入っていました
「これは、伝書鳩だな」
「伝書鳩?」
「そう、これで遠くにいる人と手紙のやり取りをするんだよ。この鳥は鳩ではないけどね」
「そんなものがあるのですか?メールや郵便しか知りませんでした」
「ははは。郵便制度がなかったりメールのできない環境にいる人はたくさんいるんだよ」
医者はからかうように言いました

「やれやれ、この手紙を待っている人は困るだろうに」
「何か手がかりはありませんか?」
「いや、手紙を見ても何も分からない。地名や名前も書いていないからね」
そういうと、医者は手紙を筒に戻し鳥につけました

「それにしても、道端に倒れているなんて、君みたいだね」
「そうでしたね。あの時はお世話になりました」
「なーに。元気そうで何よりだよ」
「でも、この鳥は目的があるのに倒れてしまったのですね」
その人は昔を思い出すような声で言いました
「君はこのままこの町にいるのかい?」
「分かりません。まずは、この拾った鳥を元気にしたいと思います」
そういうと、その人は医者の元を後にしました

帰り道、お店で鳥かごを探しました
いろいろな形、いろいろな色の鳥かごがありました
シンプルなもの、きらびやかなもの、自然な感じのもの
でも、鳥かごは鳥かごに過ぎません
鳥にとってはどんなデザインであろうが、閉じ込められる場所に違いありませんでした
しかも、飛べない鳥をわざわざ鳥かごに入れることが滑稽に感じてきました
その人は医者から言われた鳥のえさだけを買って、家に帰りました
そして飛べない鳥を助けたことは正しかったのかと思いながら、鳥の看病を始めました
posted by のっち at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月09日

詩の断片のイメージ「月明かり」

微かな月の光にさえ手をかざしていた
月の光はどこか冷たい
毛布に包まって冷たさを忘れようとする
深い海のような夜の中で
町の光は無意味に感じる

深い海から眺める光はどこか遠い
今にも消えてしまいそうな小さな光
月明かりは弱弱しい
消えそうな命のような静かな光

窓から月明かりが差し込んでくる
それを遮るようにカーテンを閉める
窓は開いたままで風がカーテンを揺らしている
ただ虫の音が響いている
真っ暗な部屋には何があるのか見えない
何もないのかもしれない
それもありだと自分に言ってみる

ゆれるカーテンからは月の光が幽かに入ってくる
わずかにもれてくる光
その光を暖かいものだと感じた
もう一度、光を受けてみたいと思った
光をさえぎっていたカーテンをあけてみた
部屋の中はやわらかい光に包まれた
風は優しくて虫の音を伝えている

窓の外の月を眺めてみる
この月の下で人は眠りに就く
誰かも月を眺めているかもしれない
月明かりの町はとても静か
静かに光る月明かりの中、眠りに就いた
posted by のっち at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

散文の断片「海に向かって歌う人」

とある空の下、一人の人が馬に乗って旅をしていました。
「この辺りは寂しいね。人間なんていなそうだよ」
と、馬は言いました。
進んでいる道には何もなくて、人はおろか草木もありません。
「そうだね、ずいぶん寂しい道だね。何もないんだね」
と、その人は言いました。

そんな道をずんずんと進んでいきました。
やがて、遠くのほうで波の音が聞こえてきました。
「ねえねえ、波の音が聞こえない?」
「聞こえる聞こえる。海が近いみたい」
「この道は海に続いていたのか」

道を進むと、海に出ました。
波の音が静かに響いています。
海の表面は太陽の光できらきら光っていました。
海岸線に沿って、長い道が続いていました。
「この道いいね。海を見ながら進めるなんて」
「それに波の音も聞けるね。いい道だ」

しばらく進んでいくと遠くの方から歌声が聞こえてきました。
「なんか遠くから声が聞こえるね」
「そうだね。誰か近くにいるみたい」
「きれいな歌声だね」
「ねっ。きれいな歌声。だけど、この歌声が明るいのか暗いのか判断できないよ。馬としては・・・」

その歌声のする方に向かいました。
すると一人の人が海に向かって歌を歌っているのが見えました。
「あのー、こんにちは」
歌を歌っていた人は歌うのをやめて振り向きました。
「あっ、あっ、こ、こんにちは」
その人は少し驚いたように答えました。
「すいません。驚かせてしまったようで」
「いえいえ、いえいえ!そんなことはありません。歌に少しばかり集中していただけです」
その人は少しばかり嬉しそうに答えました。
「きれいな歌声ですね。何か歌うことを仕事にしているのですか?」
「いえ、仕事ではありません。誰かに聞いて欲しいと思って歌っているのです」
「なぜ、こんなところで歌っているのですか」
「いつか、誰かが聞いてくれると思いまして」
「でも、ここはめったに人は通りませんよ」
「そうですね、実はあなたが初めてです」
「そうだったのですか・・・。これまでどのくらいの間歌っていたのですか?」
「よく覚えていませんが、だいぶ昔のような気がします」
「それまで、誰かに届けたいけど、誰にも届かない歌をずっと歌っていたのですか?」
「・・・そうですね、そういうことになりますね・・・」

波の音が静かに響いています。
それは柔らかな冷たさを感じさせるものでした。
でも、その音に旅人は小さな安らぎを感じました。

「もしかしたら、誰かに聞いてもらいたいけど、誰かに聞かれるのが怖かったのかもしれません」
「そうですか・・・。あなたの歌声、自分は好きですよ」
「えっ、ありがとうございます。人からそんなこと言われたの初めてでして、どう反応していいのか・・・」
歌人は少しだけはにかんだような表情をしました。
「あなたに歌を聞いてもらうことが出来て嬉しかったです」
「こちらこそ、あなたの歌を聞けてよかったですよ」

旅人と馬は出発の準備をしました。
「出発するのですか?どちらに行かれるのですか?」
「この海岸線の道をしばらく進もうと思います。あなたはこれからどうするのですか?」
「そうですね、歌うことを止めようとは思いません。でもどこで歌えばいいのか分からないので、ここで歌いたいと思います」
「もっと、人のいる場所で歌ったりとかはしないのですか?」
「しばらくはないと思います。それに、ここで歌っても誰かに届くことが分かりましたから」
「なるほど。もしここを通る人がいたら、あなたの歌声にきっと足を止めますよ」
「もしそうなら・・・嬉しいです」

旅人は再び馬を走らせました。
歌人は再び歌を歌い始めました。
波の音は相変わらず静かに響いていました。

歌人から遠ざかると、馬が口を開きました。
「不思議な人だね。会話に全然ついていけなかったよ」
「ははは。ずいぶんとつまらなそうな顔をしてたね〜」
「だってわけが分からないのだもの・・・。あの人、いつまで歌い続けるのだろう?あんなところで歌っても、誰も聞いてはくれないよ」
「人って案外、誰も聞こえないところで声を出しているものだよ」
「なにそれ。人間ってよく分からないよ。聞こえるように声出せって」
「そうだよね、みんなそうできるといいね・・・。それと、そういう声に耳を傾けることも出来るようにならないと」
「ふーん。人間って大変だね。まっ、土足で人の心に入り込まないように気をつけてね」

海岸線の道はずっと続いています。
どんどん、さっきの歌人の所から離れていきます。
でもどんなに遠ざかっても、後ろのほうから歌声が聞こえるような気がしました。
それがどんな気持ちの歌なのか、旅人には分かる気がしました。
posted by のっち at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

散文の断片「あるプラットホームで」

ある小さな駅で電車を待っていました。
とてものどかで、静かな駅でした。
プラットホームから眺める空はどこか遠いようで透明でした。

向かい側のホームに数人のグループが立っていました。
しばらくすると、その中の一人が声を発しました。
それはうめき声のように聞こえました。
何があったのか、一瞬驚きました。
すると、グループの一人が笑顔でうめき声をあげました。
よく顔を見ると、彼らの表情は少しばかり特徴のある表情をしていました。
それは、ある施設を訪れたときに見た人々の表情と同じでした。
駅のホームで待つ他の人は、どこか彼らを避けていました。
彼らから少し離れた所には人が並んでいましたが、彼らの周りには人がいませんでした。
それを線路の反対側から違う世界の出来事のように眺めていました。
でもそれは、自分の世界で起きていることに違いありませんでした。

彼らのことを心理的に避けないようにしようと心がけました。
自分の世界としてとらえようとしました。
しかし心理的に避けようとしている面も否定できませんでした。
そういう感情を抱くことに軽蔑しない訳にはいきませんでした。
この逃れられない感情に憎しみすら感じました。

そういう中で、ぼんやりと彼らの方向を見ていました。
彼らのうちの一人がまたうめき声をあげました。
うめき声?
それは彼らにとってのコミュニケーションでした。
自分には分からない言葉で彼らは通じていました。
それは自分が誰かと言葉を交わしているのと、何も変わらないように感じました。
彼らは僕らの姿であって、僕らは彼らの姿なのかもしれません・・・。

やがて、向こう側に電車がやってきました。
彼らは電車に乗り込み、自分とは反対の方向へ進んでいきました。
電車がいなくなると、駅はどこかのどかな空気に包まれました。
虫が静かに鳴いていました。
プラットホームから眺める空はどこか遠いようで透明でした。
少しの落ち着きを取り戻して、ただ空を眺めていました。
posted by のっち at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月02日

散文の断片「道の終わりにある家」

旅人が馬に乗って長い一本の道を進んでいます。
やがて日が暮れてきました。
旅人はどこか今晩泊まれるような場所を探さねばと思いました。

ほとんど日も暮れかけた頃、一軒の家と道の終わりに至りました。
「やれやれどうやら行き止まりのようだ。この道を行けばどこかに辿り着けると思ったのだけど」
旅人は言いました。
「誰かに言われたのを、そのまま鵜呑みにしなかった?」
と馬は聞きました。
「いや、判断したのは自分さ」
「それはともかく、今日の宿はどうするの?」
「そうだね。まぁ、取りあえずこの家の人に頼んでみよう」

玄関をたたくと、きれいな服装をした一人の人物が出てきました。
「何か用でしょうか?」
「すみません。旅のものですが、今晩の宿に困っています。お願いがあるのですが、今晩泊めさせてはもらえないでしょうか?」
「おお、これはこれは、うちなんかでよかったら、どうぞどうぞ」
「あの、馬もいるのですが、どこか屋根のある場所はありませんか?」
「ああ、それでしたら、使っていない納屋がありますので、お使い下さい」
納屋に馬を連れて行き、旅人は家の中に入りました。

中に入ると、木目調のアンティークな家具が芸術的に並んでいました。
それらにはあきらめに似たような幸福が漂っているように見えました。

「どうぞお座りください」
そう言われ、椅子に腰掛けました。座り心地がいい椅子でした。
椅子が自分という人間を受け入れているかのようでした。
家の主がお茶を入れに行っている間、その椅子の感触を楽しみました。
椅子に座っていると、長い歴史の中でしっかりとした自分の存在が確認されるのと同時に自分が無効化されるような不思議な感覚にとらわれました。


家の主がお茶を持ってきてくれました。香りの良いハーブ茶です。
そのお茶を飲みながら、会話をしました。
「ずいぶん遠くから一本の道を進んできたのですが、失礼ながらどうやらここは行き止まりのようですね?なぜこのような場所にお住まいですか?」
「ここはあなたにとっては行き止まりなのかもしれません。でも、自分にとっては違うのです」
「でもここからはどこにも行くことができませんね」
「それはそうかもしれません。ここは、本来たどり着こうと思った場所ではありませんでした。でも、ここに心地よさを感じるからここにいるのです。心地よい場所に生きることが自分の目標でしたからここは自分の目的地なのかもしれません」
その後もしばらく話をしていました。
話をしていると、家の主は今の生活に幸福を感じているようでした。
ただそれが、主が求めた幸福かどうかは怪しくもありました・・・。

その晩はこの上なく安らかな眠りにつくことが出来ました。
ふかふかのベットに眠り心地のいい枕。
張り詰めた緊張が解きほぐれるような安心に包まれました。
窓から差し込む月明かりは、これまでになく優しくもありました。

朝になり、小鳥のさえずりが聞こえてきました。
目覚めも気分が良いものでした。
旅の支度を整えて、家の主に礼を言いました。
「行ってしまわれるのですか。よろしかったら、この地に住みませんか」
「お言葉はありがたいのですが、ここは自分にとって終着点ではないので」
「そうですか。それではお元気で。いい終着点に辿り着けることを願っていますよ」
「あなたもお元気で」
そう別れを告げて、馬の元に行きました。

「そろそろ出発?なんか知らないけどここは居心地がいいよ。でも、やっぱり行き止まりなんだね」
「ここは相当いい地だったね。人によってはここは終着点の価値もあるのだと思う。けど、この場所はどこにも方向性がないんだ。なんというか止まっている」
「でも、終着点ってそういう場所なのじゃないかな。それに、行き止まりに来てしまって途方に暮れたら、それこそ止まるしかないんじゃないのかな?」
「行き止まりだったら、引き返せばいいだけさ。まぁ、少しの休憩は必要だけど」
「うーん、そう簡単に言うけど引き返すのは前に進むよりもよりも労力を必要とするよ。馬としては疲れるよ」
「君には苦労をかけるよ。努力して進んできた道を戻ることになるからね」
「まぁ、いいさ。それにしても、うちらにとってこの道はどこにも通じていなかったんだね」
「そんなことないよ。しっかりと自分にとっての行き止まりに辿り着けることが出来た」
「ふーん、ずいぶんと前向きな発言で」
「・・・求めて手に入れたものと、気がついたら手に入れていたものと、どちらが価値があるのだろう・・・」
「ん、何?突然どうしたの??」
「んと、あの家の人との会話を思い出してね。さて、出発しよう!」

旅人が馬に乗って長い一本の道を走り出しました。
posted by のっち at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月01日

断片「幸福のない穏やか」

幸福でなくてもひどく穏やかなことがある。
ちょうど、今がそんな時期。
それは、ただ単に不幸な出来事がないという現実に基づくものである。
でも、時々思うのだ「このままでいいのか?」
いいはずない。
けど、これ以上、出来ることはない。
いや、出来ることはあるけど、それはリスクを伴うものだ。
以前リスクを背負って、大きな失敗をした。
でもいずれ、リスクは背負わないとなぁ。

これまでがこれまでだから、不幸な出来事がないだけで幸福だと思う。
ただ、それだけの日常。
それでもいいと思える、ひどく危険な安定した日々。
posted by のっち at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月31日

散文の断片「星空の下の会話」

広い草原には一本の大きな木がありました。
その木の下で、一人の人間と一頭の馬が眠っていました。

ふと、その人は目を覚ましました。
虫の音が草原に優しく響いています。
ふと頭上を見上げました。
真っ暗です。星一つ見えません。
一瞬、その人は落胆しました。
でもよく考えれば、ただ木の下にいるから星が見えなかったに過ぎません。

その人は空の見える場所まで歩きました。
するとどうでしょう。
これまでに見たことのないような美しい星空が広がっていました。

「きれいな星空・・・」
とその人が言うと、
「あれ、空に星なんて見えないよ」
と馬は言いました。
「あれ?起きていたのかい?」
「なんか、一人の人間が夜中にこそこそ怪しく起き出したものでね。ねぇ、全然星なんて見えないよ」
「それは君が木の下にいるからだよ」
「・・・ああそうか。恥ずかしいな。なかなか単純なことに気がつけないものだね」
「でも単純なことのせいで、生きていくのにずいぶんと苦しめられるものだよ」

そう言う人間の隣に馬は近づきました。
「すごい!こんなにきれいな星空を見れるなんて、足止めも悪くないね」
「こういうことは稀だけどね」
「まあ確かにね。でもこういうことがあると、足止めを積極的にしたいとさえ思えてしまうよ」
「ははは。気持ちは分かるよ。けど、足止めを目的にしてしまったらおしまいだよ。それは行き止まりになってしまう」
「ああ、それと似たようなことがあったね。昔の話だけど」
「そうそう。そういうことだよ。でも、足止めに意味を見出すのは無駄なことではないよ。ただ、それには人生経験って奴が必要さ」
「馬にとっての馬生経験だね。そいつは重要だ」

さっきまで降っていたであろう雨の露が草からひんやりと伝わります。
それは、とても心地の良いものでした。
「それにしてもきれいな星空だな。決して自分には届きそうにない」
「今日はずいぶんとセンチメンタルですね」
「たまにはいいね。こういう日も。一晩中この空を眺めていたい」
「こちらとしては遠慮させてもらうよ。明日は晴れてしごかれそうだよ。ということで、今のうちに休んでおくよ」
「しごきはしないけど、明日は走ってもらうよ。よろしくね」
「いやいや、こちらこそ。方向を決めるのは君に任せてあるから」
そう言うと、馬はすぐに眠りにつきました。
その人も、しばらく星空を見ていましたが、馬のそばで眠りにつきました。

posted by のっち at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月29日

散文の断片「雨の中の会話」

広い草原には一本の大きな木がありました。
その木の下に、一人の人間と一頭の馬がいました。
「ふう、疲れた。ここで一休みとしようか?」
その人は言いました。すると、
「そうだね、賛成」
と馬は言いました。

木の下に腰を下ろすと、さっきまで晴れていた空が曇ってきました。
「やれやれ、これは雨が降りそうだ」
と、その人は言うと、
「うん、もうどこか遠くでは雨が降り出しているよ」
と、その馬は言いました。

しばらくすると、ここでも雨が降り出しました。
「あーあ、降ってきちゃった。しばらく止みそうにない」
「しばし休憩だね。雨が止んだら出発するの?」
「さあね。出発したいと思ったら出発するよ。雨が降っていようともね」
「えー、それは嫌だ。雨になんて濡れたくないよ。それに、雨の中を無理に出発して、この前みたいになるのはごめんだよ。あの時は死ぬかと思った」
「そんなこともあったね。でも、同じことが繰り返されるとは限らないさ」
「あれ?人は過去から何かを学ぶものではないのかい?」
「その通りだよ。この前はああなったら、あんな結果が起こるとは思ってはいなかった。でも今回はそれを知っているから、もし似たような状況になれば、他の道が見つかるかもしれない」
「それって、強引な論理じゃない?馬としては理解しがたいね」
「ははは。でも大丈夫。今は同じことを繰り返すつもりはないし、この雨の中を出発しようとも思わないよ」

雨の水滴は草原に滴り落ちる。次第に雨音は大きくなる。
「それにしても、雨は降り続くね。いつ止むのかも分からない。最近、思うように進むことが出来なくて、君が落ち込んでいないか心配だよ」
「ありがとう。それほど落ち込んではいないよ。思い通りにいかないのは、当たり前のことだからね。思い通りにいかないことを呪うより、こういう足止めをしている時に出来ることはないか考えていたよ」
「へぇ、そいつは感心!じゃ、一つ、やってほしいことがあるよ」
「何かな?」
「荷物を減らすことは出来ないかい?もう少し軽くなりたいよ」
「なるほど。考えてはみるけど、たぶん減らないと思うよ」
「どうしてさ〜、ケチ!」
「分かった、分かった。しっかり考えるから」

相変わらず草原には雨が降り続いています。
次第に辺りは暗くなってきました。
「どうやら、今晩はここで夜を明かすことになるよ」
「そうみたいだね。でもこの木の下ならぐっすり眠れる気がするよ」

雨が降り続く中、草原に夜が訪れました・・・。
posted by のっち at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

散文「あかないかばん」

旅人はかばんを持って旅をしていた。
日も暮れたころ、とある町に着いた。
旅人は町にあったとある宿に入った。

宿の人に部屋へと案内される。
この時、かばんを宿の人に持ってもらった。
「ずいぶんと重いかばんですね。何が入っているのでしょう?」
宿の人は、かばんのあまりの重さに声に出した。
旅人は何も言わず、ただ微笑んでいるだけだった。
それ以上は宿の人も何も言わず、部屋へとたどり着いた。

旅人は部屋に入るなり、疲れたような顔をした。
そして、入り口の鍵を閉めた。
すると、おもむろにポケットから様々な鍵を取り出した。
その1つ1つをかばんの鍵穴に差し込んでみる。
だが、ぴったり合う鍵はなかった。
「まただめだったか・・・」
旅人は開かないかばんを放り投げ、眠りについた。

次の日、旅人は開かないかばんを持って宿を後にした。
町の出口に向かう途中、一人の人が近づいてきた。
「かばんの鍵を探しているのはあなたですか?」
旅人はうなずいた。
「では、この鍵をお使い下さい」
そういうと、1つの古びた鍵を手渡した。
「さあ、その鍵を試して下さい」
言われるままに旅人は、鍵を差し込み、回してみる。
すると、カチャッと音がした。
「よかった、この鍵が役に立った。ところで、どんな物がかばんに入っているのですか?」
「実はもう忘れてしまったのです。旅を始めたとき、希望をたくさんかばんにつめたような気がします。でも今となれば、希望と思っていたものは絶望だったのかもしれません」
「そのような何か分からないものを持って、旅をしてきたのですか?」
「いつの間にか私にとって、開かないかばんの鍵を探すことが旅の目的となりました。そして、本当の旅の目的も分からなくなってしまいました」
「そうですか・・・。では私がかばんの中身を見ることは、不都合かもしれませんね。私はこの場を離れましょう。ではお元気で」
その人はその場を立ち去った。

旅人はおそるおそるかばんを開く。
旅人は何をかばんに入れ、旅をしてきたのだろうか?

かばんの中はからっぽだった。
ほこり一つ入っていなかった。
からっぽのかばんを持って旅人は長い間、旅をしてきた。

旅人はかばんを置いて行こうと思った。
何も入っていなく重いかばんなんて、旅をするのに邪魔なだけだ。
旅人は立ち上がり、何も持たずに歩き出した。
何も持っていないのは心地いい。
気分が軽くて、晴れやかな気分だった。

だが、少しすると空しくなった。
両手に何もないのが不安になった。
仕方なく旅人はあのかばんを取りに戻った。
そして、からっぽのかばんを持って再び歩き出した。
posted by のっち at 23:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月03日

詩「音のない記憶」

ヘッドホンをつけて外に出た
太陽がまぶしい
夏のうだるような暑さ
電車に乗って山里にある川を目指す
電車の中はひどく寒い
ヘッドホンの音量を上げてみる

田舎の駅に着く
そのまま川に向かう
山の方に入って行き、森を抜けて、川に出る
川原に足を入れてみる
ひんやりとしている
ヘッドホンからは何かの音楽が流れている
僕はここに来るまでどんな音楽を聴いていたのだろう
何も覚えていない
あるのは音のない記憶

ヘッドホンを外してみる
そうすると、たくさんの音が溢れていた
蝉が夏を精一杯伝えている
川のせせらぎが足の心地よさを全身に伝える
風が木の葉をざわめかせている
どこかで鳥が鳴いている
体をたくさん開いていろんな音に耳を傾けた

ヘッドホンを鞄に入れたまま立ち上がる
帰り道、サンダルのペタペタした音がする
草を踏むとシャッシャッと音がする
森の中ではかすかに虫の音がする

電車の中では
隣に座っているグループの一人の声が
昔の友達の声と似ていた
懐かしかった

家の近くの駅に着く
都会の喧騒
けたたましい車の音
クーラーの排気口の無機質な音
人々のうねるようなざわめき
夏の日差しの中で蜃気楼のようだ
蝉は夏を精一杯伝えている

家の近くでは子供が楽しそうにきゃっきゃっと遊ぶ声
老婆が散歩しながら歌う静かな歌
今日の終わりを告げる少し涼しい虫の声
posted by のっち at 21:27| Comment(8) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月31日

詩「蝶」

蝶がひらひら宙を舞う
太陽の光をたくさん浴びて
やさしい風を受けながら
青い空を自由に舞う

きれいな花を見つけた
蜜の香りがほのかに漂ってくる
蝶はその花に向かって羽を動かす

その時、羽が何かにひっかかる
蜘蛛の巣に羽がかかり動けなくなった
必死に抜け出そうとする
羽をばたつかせるほど糸が複雑に絡まっていく
蜜の香りはほのかに漂っている

蝶はもがき続けていた
もう抜けられないと分かりつつ、もがきつづけていた
蝶の命がギラギラして見えた
僕はその姿に心打たれた
けれでも黙って見ていた

やがて蜘蛛が現れた
一目散に蝶の元に近づく
蝶は最後までもがいている
蜘蛛は一瞬の内に蝶を捕らえた
それっきり蝶の羽は動かなくなった
僕は黙って見ていた

しばらくすると蜘蛛の巣は
何事もなかったかのように元の通り
近くでは蝶がハタハタ宙に舞う
蜜の香りはほのかに漂っている
posted by のっち at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

細い路地の花

家と家の間の細い路地
人が通ることはない
そこには誰にも知られることなく
咲いている一輪の花がある

ここを裏道に使う野良猫は花に言う
「どうしてこんな寂しい所で咲いているんだい?
 もっとにぎやかなところで咲けば みんな見てくれるよ」

花は何も言わない
ただ静かに首を垂れる

ここをえさへの道につかうアリは花に言う
「どうしてこんなに暗いところで咲いてるの?
 もっと明るいところで咲けば みんな見てくれるよ」

花は何も言わない
ただ静かに首を垂れる

時々、宙をひらひら舞う蝶が羽を休めにやってきては花に言う
「どうして一人ぼっちで咲いているの?
 もっと仲間のいるところで咲けば みんなと楽しく過ごせるよ」

花は何も言わない
ただ静かに首を垂れる

いつしか花は誰にも知られることなく枯れていった
そしてたくさんの種をつけた
種をたくさんつけて とても嬉しかった
そして種の旅立ちの日が来る

種をどこかへ飛ばす風は花にこう言う
「こんな立派に種をつけた花を初めて見たよ
 こんなに寂しく暗い場所なのに・・・
 それではそろそろ 子供たちを運ぶよ」

枯れた花は首を上げて風に言う
「どうかこの子たちを ここよりも明るく 一人ぼっちにならない場所まで
 無事に運んでください」

そっと優しい風が吹いた
「さようなら 元気で生きるんだよ」
子供たちが空に舞う
子供たちは枯れた花が知らないどこかへと運ばれていく

春にはきっと明るい場所できれいな花を咲かせています
posted by のっち at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

花畑の唄

丘の上には美しい花畑があった
色とりどりの花々は多くの虫たちを魅了した
ミツバチはダンスを踊り チョウはあざやかに宙を舞う
静かな風が吹くと花々は揺れ
やわらかな甘い香りがほのかに漂う
その甘い香りは人々をすら魅了した
丘の上の花畑は人々に愛されていた

そんなある日のこと
ある人がこう言った
「花畑に毒草が生えたらしい。
 このままでは 花畑が消えてしまう」
人々は毒草を探し 引き抜くことを決意した
人々は丘の上に集まった
みんな花畑を守るのだと意気揚々としていた

そして人々は毒草を探し始めた
だが一向に見つからない
けど人々は決してあきらめない
毒草を探し出すんだ!
そして花畑を守るんだ!!

ある人が毒草を見つけた
人々は歓喜に沸いた
花畑は毒草から守られた・・・

だが花畑はなくなっていた
美しい花々は多くの人々に踏みつけられ
花びらは落ち つぼみはつぶれ 茎は折れ曲がっていた
ミツバチもチョウもいなくなり
風に乗った甘い香りもしなくなっていた

丘の上には美しい花畑があった
posted by のっち at 20:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩・散文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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